コレクション: 倉敷緞通
倉敷周辺は全国的にも有数のイ草の生産地でした。
明治時代には海外の輸出向けに花莚(花ござ)が作られていましたが
昭和の初期には次第に不況に陥ってしまいます。
その頃に矢吹一郎により考案された和洋折衷の建物に合う敷物が
「金波織」であり、倉敷段通の前身です。
当時、無地だけであった段通に縞柄のデザインが生まれました。
その図案をデザインしたのが染色家の芹沢銈介であり、
倉敷段通の名付け親でもあります。
最盛期には(昭和30年~40年代)月間300畳ほど生産されていましたが
50年代に入り原材料の高騰や輸出での売れ行きの悪化、
職人さんの高齢化などが重なり昭和61年に途絶えてしまいます。
平成4年に復興させるため伝統産業復興研究会が発足、
平成5年に生産が再開されました。
平成7年からは個人事業として瀧山雄一氏が
一間幅の織り機で3畳のものまで制作されています。
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【web exhibition 倉敷緞通】テーブルセンター(小)/No.6柄NEW
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- 倉敷緞通
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